FC2ブログ
111234567891011121314151617181920212223242526272829303101

展示について

11/15までの三日間、行われたPalmieさん・他社さんの展示会について。
電撃大賞について。

絵について、「伝える」事について思った事、やっぱり残しておきたい気がしました。
展示会、11/14にデザインフェスタギャラリー原宿に足を運びました。
11/15(日)はコミティアで、11/13は面接が入ってしまい、
結局間の14日に行くことになりました。

※注意。かなり気を遣ってない文章です。断定的表現もありますが、これが正解と言いたいわけではなくあくまで私の考えであり、考え方は個人の自由です。

初日は交流会があったらしいのですけど、どうも私は大人数の処(特に酒の席)が苦手でして
多くても4人くらいが居心地がいい限界かもという感じなので
60人もいらっしゃる交流会というのはちょっと足が遠のいてしまいました(まあ面接後の精神で行くのも・・と思ったのも
もちろんだったんですが)
私は上手く話せる能力なんてなくて、聞く能力くらいしかないんですけれども
なかなかそれで自分のことをゆっくり聞いてくれ、話す時間をくれる相手ではないと上手く話せなくて、
相手の興味がある事をひき出す事は嫌いではないんですが、そればかりだとどうも仕事みたいになってしまって。
言いたいことが言えないと、気を遣うばかりで気疲れして帰って来るだけなので。行かないほうが幸せだったりという
場合もあります。
まあただ後で聞いた話だと、地方の方もわざわざ足を運んで、色々な方がいらっしゃってたみたいなので、
その辺は参考になる話が出来たのかもしれません。

そんな感じで、残念ながら今回は交流会には不参加でしたが、展示の方は中々面白かったです。
あと一番印象に残ってるのは、他社さんだったと思いますが…絵師のインタビューというか、「つくる」とは何か?
の質問に対して色々な人が答えていた事です。

8割が、「自分を表現する事」 でした。

すごく意外で驚きました。

あとの二割は、「共有する」とか「伝える事」っていうのがあったかな。

実は、私はつくるとは?と聞かれれば、多分迷わず「ひとのために伝えるという事」。と答えます。
自分の表現をすることは、ある意味自分自身の中でとどまっているにすぎず、
私が重要視しているのは、本当に大切なのはその向こう側。画面の向こう側、展示の向こう側、同人誌の向こう側。
そういう向こう側の人たちに、どうやって伝えるか、喜んでもらえるか、刺激できるかということなのです。
いかに、伝わるか。 そしていかに心を刺激できるか。心を動かせるか。 たぶんそういうことなのです。

単なる「自分の表現がしたい」だけなら、観る人なんて不要なのです。
自分で、描いて、形に出来た。それで終わりです。
観る人がいてくれるからこそ、作品として成り立つならば、その観る人の反応や思考を考える事は
ほぼ不可避なのではないかと思って居ます。

もちろん、その表現を、感受性の高い人たちならば、くみ取ってくれるものが多くなりますから、
あれこれ感じてくれるでしょうが、ほとんどの人は書き手の言いたいことを意識して読み取らないと思うんです。
私にもこれは当てはまります。
でもそこで、伝えるものが多くて、伝わるものが多くて、「おっ」と思ってもらえるものだとしたら、
きっと沢山の人が自然に見て下さるし、なるほどと思ってもらえる機会が増えるんです。
ようするに受け身ではだめなんです。
きっと「見てくれる」 言葉が上手くないから、絵で「わかってくれる」 ではだめなような気がします。
実際同会場で展示している方の中にもいらっしゃいましたけど、正直私にはそういう「作者の本意」は分からなくて、
結局人間、自分のペースでものを見ちゃうし、考えちゃうんですよね。
自分の絵の好みだなぁとか。この色使い好きだなぁとか。絵は良いけど絵柄は好みじゃないなぁとか。

余談ですけど、コールセンターで一般の方とお話させて頂いた時も、やっぱり自分重視で考える方って非常に多くて、
私を含め自分の思考にひっぱってものを考えて言う、って人、世の中にはとっても多いんですよね。

視覚ってとても便利ですけど、単純にそれだけじゃやっぱり心を動かすまでにはならなくて、
それを出来るようになるためには、多分圧倒的な画力とか、他人を引き付ける何かとか、自分の色、営業力・アピール力、そこから生まれるご縁や、運。そういうものが必要なんだと思います。
それがまだまだ出来てない私には、とにかく画力を上げて自分らしさを失わないようにするのが精一杯なのですけど…。

ただ、「伝えること」のもとからあった意識を、さらに高めようとするにあたって、やっぱりコンテスト応募のことが
思い出させられます。
(伝えて、喜んでもらえること自体は、前々から好きでしたから)

電撃文庫の大賞で、一次選考に落ちてしまった私ですが、絵を描く前、HPの過去の大賞のページに
審査員のコメントが多くついていたので、そこから重要と思われる部分を書き出していったんです。
多分それが足かせになったのだと思います。
こうしなければいけない、こうあるべきなのかな、という考えを、絵に無理やり反映させようとしていました。
いわゆる「電撃文庫らしさ」というものを追求しようとしたんでしょうか。
実際、大賞作品や金賞作品などを見て、それ自体は技術的な面なら、
pixivにあるような絵だったし私にも描けるような絵だったので、
何がいけなかったのかを考えていたとき、
ふとHPトップを見ると、刺激的な作品を求む!みたいなことが描いてある。
あーなるほど。って思いました。審査員、つまり観る人は、「らしさ」ではなく「心を動かされる何か、新しい刺激」を
求めていたんだなってこと。絵で、観る向こうの審査員に伝える何かが、私には欠けていたんだなってこと。
実際そのあと自分の出した絵を見て、これじゃだめだな、って思いました。

「好きだと言ってくれる人」。それを増やすのもひとつ十分、いや十二分に大事な事です。
でもそれと同じくらいに、「伝えることができる力」。一枚の絵で、どれだけ思いを伝えられるか。
それができるか出来ないかが、イラストが描けるうえで大事なのかなって今は思います。

私は、教壇にも立ちましたし、言葉だけで伝える仕事をずっとやってきました。
そんな事、全然役に立たないのにと思ってきました。
いまやっと、何か報われた気がします。

コメントの投稿

secret

top↑

comment

trackback


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

top↑

プロフィール

ume

Author:ume
まったり屋ですが
どうぞよろしく。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

FC2カウンター

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

QRコード